調剤薬局は、医療の最前線です。毎日さまざまな患者さんが来局し、多くの人が接触する環境で医薬品を取り扱っています。しかし多くの薬局では、消毒・衛生管理が十分に体系化されていないのが現実ではないでしょうか。
「感染症対策は病院の仕事」「薬局は医薬品をお渡しするだけ」という認識が、薬局内に残っていないでしょうか。あるいは感染症患者が来局したとき、どう対応すればいいのか分からない——そんな状況に陥ってはいないでしょうか。
インフルエンザの流行期を目前に控えた今、厚生労働省が示す「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き」の内容を踏まえ、薬局として実践すべき日常の衛生管理と、感染症患者への対応を整理します。

「清掃」「消毒」「清拭」の違いを理解する
厚生労働省の手引きで強調されているのが、感染症対策における清掃と消毒の違い、そして「清拭」という概念です。
| 用語 | 内容 |
|---|---|
| 清掃 | 物質的な汚れ(血液、体液、排泄物など目に見える汚染)を除去すること |
| 消毒 | 病原体を無害化すること |
| 清拭 | 消毒薬を使用して物品や環境を拭き取り、病原体を減らすこと |
薬局の日常業務では、この清拭が中心になります。調剤カウンター、ドアハンドル、レジスター、待合室の椅子。これらには多くの患者さんが接触します。感染症患者が接触した可能性を常に想定し、定期的な清拭を行う必要があります。
ところが、「毎日どの程度の頻度で、どの消毒薬を使って清拭するのか」を決めていない薬局は少なくありません。ここが、薬局における衛生管理の最大の弱点です。
薬局で使える消毒薬と、その使い分け
| 消毒薬 | 薬局での用途と注意点 |
|---|---|
| 次亜塩素酸ナトリウム (ミルトン、ピューラックス、ハイポライトなど) <濃度・使用法> 0.05〜0.5%(血液・体液で汚染された環境) | ウイルス性・細菌性の幅広い病原体に有効。患者さんが接触した可能性のある場所の清拭に。腐食性があるため、金属製品への長時間の接触は避ける |
| アルコール (消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール) <濃度・使用法> そのまま清拭 | 調剤カウンターやドアハンドルの日常的な清拭に。有機物が付着している場合は、先に清拭で除去してから使用する |
| 両性界面活性剤 <濃度・使用法> 清拭:0.2w/v% 浸漬:0.1w/v%で30分 | 医療機関でも広く使用される。カウンターの清拭に適する |
| グルタラール (ステリハイドなど) <濃度・使用法> 製品の指示に従う | 医療器具の高度な消毒・滅菌用。薬局で直接使う機会は限られるが、医療機関と連携して物品を扱う場合は知識が必要 |
共通する原則は一つです。目に見える汚染物が付着している場合は、まず清拭で除去してから消毒薬を使う。汚れた状態で消毒薬を使っても、効果は大きく減少します。

日常の清拭|どこを、いつ、何で拭くか
調剤カウンター
患者さんが直接接触する場所であり、毎日複数回の清拭が必要です。営業開始前、来客の多い時間帯の合間、営業終了時の最低3回が目安になります。消毒薬はアルコール製剤または両性界面活性剤が適しています。
ドアハンドル・トイレ・水道の蛇口
多くの人が接触する箇所も、定期的な清拭が必要です。感染症患者が来局した直後は、その方が接触した可能性のある場所を特に注意深く清拭します。
待合室の椅子・テーブル
営業開始時と終了時の清拭が基本です。
調剤エリア
患者さんが立ち入らない場所ですが、スタッフが頻繁に出入りし、さまざまな物品が置かれています。手指衛生の徹底とあわせて、机や棚の定期的な清拭を行います。
医療廃棄物
針、注射筒、感染性廃棄物などは専用の容器に密閉し、法令に従って処理します。保管場所、委託先、手順を明確にしておく必要があります。
感染症患者が来局したときの対応
厚生労働省の手引きには、一類感染症(エボラ出血熱など)から各分類の感染症について記載があります。薬局が遭遇する可能性が高いのは、二類の結核、そして五類のインフルエンザや新型コロナウイルス感染症です。
結核患者が来局した場合
結核は飛沫感染または空気感染によるため、原則として器物や環境の消毒は必要ありません。ただし、患者さんが使用した機器については消毒を行います。スタッフはマスクを着用し、患者さんとの距離を確保することが基本です。
インフルエンザ・新型コロナウイルス感染症の患者が来局した場合
飛沫で汚染された可能性のある箇所の消毒が必要です。患者さんが接触した場所(カウンター、ドアハンドル、待合室の椅子など)は、0.05〜0.1%の次亜塩素酸ナトリウムまたはアルコール製剤で清拭します。
タイミングが重要
ここで押さえておきたいのが、患者さんの来局を把握した直後に消毒を実施する体制です。営業終了後にまとめて消毒するのではなく、その時点で速やかに対応することが、感染の拡散を防ぎます。

スタッフの感染予防|手指衛生の徹底
薬局において最も重要な感染予防は、手指衛生です。手洗いと手指消毒が徹底されていなければ、スタッフが病原体を媒介し、他の患者さんへの感染につながる可能性があります。
手引きでも、患者の治療においては手袋を着用し、血液を含む体液に直接触れないよう感染予防策を徹底することが示されています。薬局でも同様に、患者さんとの接触後、患者さんから物を受け取った後、次の患者さんに対応する前——この3つの場面での手洗い・手指消毒が基本になります。
感染症患者が来局した直後は、より厳密に。咳や鼻水などの呼吸器症状がある患者さんに対応する際は、スタッフもマスクを着用します。
「決めていない」ことが、最大のリスク
薬局における衛生管理も、災害への備えや熱中症対策と同じで、平時に決めておくことがすべてです。
- 毎日、どの場所を、どの頻度で、どの消毒薬を使って清拭するのか
- 感染症患者が来局したとき、誰が、どのように対応するのか
- 医療廃棄物をどこに、どう保管し、どの事業者に処理を委託するのか
これらがA4一枚の「衛生管理マニュアル」として文書化されていれば、いざというときの混乱は大きく減ります。スタッフ全員が内容を理解し、その紙の場所を知っていれば、感染症患者が来局しても冷静に対応できます。
感染症の季節を前にした今、改めて自分の薬局の衛生管理体制を見つめ直してみてください。「うちは大丈夫」という前提が、本当に成り立つのか。患者さんの安全と、スタッフの健康を守るために、今何ができるか。その問いに向き合うことが、地域から信頼される薬局への第一歩になります。
参考
- 厚生労働省「感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き」
本記事は情報提供を目的としたものです。使用する消毒薬の濃度や方法については、各製品の添付文書および最新の公的資料をご確認ください。
